イチロー名言集

日本人初のメジャーリーガー外野手で、MLBシーズン最多安打記録保持者(262安打)のイチロー選手の名言集です。

2021-01-29から1日間の記事一覧

いまは、僕が、首位打者について話しても、誰も笑わなくなりました。たいへん気持ちのいいことです。

2004年10月に「かつては、首位打者をとったら野球をやめてもいいというぐらいに遠いものだと感じていたし、首位打者について話すと人がすごく笑っていましたが……」といったときの言葉。

突出した実力者になるには、 長い間、安定した成績を残さないといけません。

2004年9月、4年間の安打数も記録的なものになったときの言葉。「1年だけの記録なら誰にでも可能性はありますが、今のような状態になることを1年目から目指してやってきたわけです」

スーパースターであるとかいう評価があったとしても、そういうものというのは動くのです。だから、スーパースターだなんて言われても、何にも僕はうれしくない。すごい野球選手だと言われたら、ものすごくうれしいです。

2003年のシーズン終了後の言葉です。「スーパースター、なんていうのは、人が作りあげたもので決して、自分が評価できるものではないん ですよね」

自分のベストを更新していくというのは、したいことでもあるし、しなくてはいけないことです。

2004年9月、2001年に記録した242安打を超えて「可能性があるかぎり、自己ベストは超えないといけない。そういう意味では、よかったです」と言ったときの言葉。

完全に、骨格が違います。アメリカ人のような筋肉を目指す必要はありません。

ここ数年、イチロー選手が折に触れて言っている言葉です。

結果を出せないと、この世界では生きていけません。プロセスは、野球選手としてではなく、人間をつくるために必要です。

2004年7月、「結果とプロセスは両方とも大事です」といったあとの言葉です。

驚かれているなら、まだまだです。驚かれないようになりたいです。

2004年8月、4年間通算の最多安打記録を塗りかえたときの言葉です。「日本にいたときから僕と記録は切り離せない関係にありました。たいへんけっこうなこととは思いますが、それは見ている人が楽しむものです」

僕のプレイヤーとしての評価はディフェンスや走塁を抜きにしてははかれない。どの部分も人より秀でているわけではないし、すべてはバランスと考えています。

2001年1月、MVP受賞後の言葉です。「僕は打つことだけではインパクトを与えることはできないプレイヤーだと思っています」

バッティングセンターを作ったとしたら、 僕は必ずそこにいます。人に任せることはしません。

2004年1月、ファンを前に「もし、バッティングセンターを作ったら」と聞かれて「もし作ったら、きっと僕は自分で教えに行きますよ。 人任せにしません」と答えてます。

メディアと選手というのは戦っています。お互いが緊張しなくてはいけないし、お互いが育てあう関係だと思います。ですから妥協はしたくないのです。

2003年のシーズン終了後の言葉です。

僕は、ものすごく小さな家で育っています。いちばん広い部屋が四畳半ぐらいでした。お風呂の湯船にも、僕は小さくなって入らないと入れなかったのです。あの家で育ったことっていうのは、いろいろなことを、思い出させてくれるのです。

2003年のシーズン終了後の言葉です。「当時は、ぼく、いちばんイヤなことでした。ともだちを呼んだことがないですよ、家には」

自分以外の人たちが作る状況によって、自分が幸せに感じられる、嬉しく感じられるとは思いません。

2002年のシーズン終了後、こう語っています。「自分が何かをやることによって、自分が幸せを感じるならばわかるのですけれど。単にそういった状況を見て、ああ、自分は幸せだなあっていうふうには思わないです」

今、僕に興味を持って応援してくれている人たちっていうのは、 その人たちも、選ばれた人だと思っています。

2003年のシーズン終了後の言葉です。2003年9月下旬、地区優勝の可能性も消え、シーズン終了直前の試合でも球場に足を運んでくれるファンについて、イチロー選手は「こういう時に来てくれる人は本当に好きな人たち。楽しみはそこしかないでしょう」と語ってい…

相手がいろいろ考えてくれるので自分に有利という場合もありますし、その逆もあります。

2004年のシーズン中、相手とのかけひきについての言葉です。知らない選手については「情報がない投手はゲームの中で適応するしかありません。どんな状態でも僕の姿勢は変わりません。たとえチームが20連敗していようとも」とも言っています。

僕にとってのお金は、野球ファンだけではない人たちに影響を与えられているということへの評価だと思っているわけです。

2004年1月、ファンを前に語った宮葉です。

僕はなかなか、その日の試合のことについてしゃべるということをしていません。でもオフになってから 「イチローは何を考えているのだろう?」という質問には答えます。

2003年のシーズン終了後の言葉です。「長い時間をかけると、知りたいほうとしては、イライラしますよね。早く言ってくれよという気にもなる。でも、そうやって興味を持ってもらうことが大事だと思っているのです」

集中力に変わりはありません。少しずつ前に進んでいるという感覚です。

2004年10月、安打記録達成後の、集中力についての言葉。2004年の5月にもほぼ同じ「チームの調子が悪くても自分が崩れることは考えて いません。集中してやっているので、余計なことは考えません」というコメントを残しています。

テレビの向こうで、こういう目で見てくれている人たちがいると思ったら、たかが野球という気持ちには、とてもなれません。 適当にあしらうことなんて、できません。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。

30歳、40歳になっても一流プレイヤーであり続ける選手がメジャーに多いのは、 芝生の違いもあるからでしょう。

プレイを続ける環境に関する、2002年11月の言葉です。「そういうことは考えるべきことです。ベストを尽くせる環境にして欲しいですね」 と日本の人工芝について述べていました。

究極の下の人も、究極の上の人も、なりふりかまわないで、自分の行きたい道を進むことができます。

2003年シーズン終了後の言葉です。「その間にいる人が、ゴマをすりながらどっちつかず、なのです」

これ以上やっても抜きんでることはできません。だから勉強を捨てました。

2003年のシーズン終了後の言葉です。「中学生の頃、自分ができる限りの勉強はしました。でも、1番にはなれなかったのです。学年で7番とか8番にはなれても、決して1番にはなれなかった。それで、勉強をあきらめました。野球はみんなが一生懸命やっていて、僕…

たった1本の内野安打でも、観客は僕を称えてくれているのです。そういう観客の姿を見ると、やっぱりやる気が出てきますよ。

アメリカの野球文化について、2002年のシーズン終了後に述べた言葉です。「アメリカの球場だと、おじいさんと孫みたいなふたり連れがたくさんいます。そういうふうにアメリカでは違う世代にちゃんと野球の素晴らしさみたいなものを伝えているということを感…

打線が苦しいときには、守備とか走塁で流れをつくるのが野球の基本です。

2004年4月、フェンス際のファインプレイで勝利をつかんだあとの言葉です。「ミスをものにできるかどうかが、いいチームかどうかということです。こういう勝ちは小さくはないですよ」

「絶好調」の定義がわかりません。相手の意図は透けて見えないし、ボールは止まって見えることもなく、常にやたらと動いて見えます。

2004年8月、絶好調ですかと聞かれたときの言葉です。

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