イチロー名言集

日本人初のメジャーリーガー外野手で、MLBシーズン最多安打記録保持者(262安打)のイチロー選手の名言集です。

2004年

「成績は出ているから今の自分でいい」という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はありません。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。

これでいいやってならない理由は、 ぼくの場合は、野球が好きだからです。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。

僕のバットには、形にも秘密があります。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。「太いバットでぼくのバットと同じぐらいの軽さにするなら、当然、中をくりぬかなくてはいけません。中が空洞ということは、バットとしては弱いです。細いバットで同じ重さであれば、細いもののほうが、中の空洞は狭…

アマチュアではないので、勝つことだけが目標ではありません。プロとして自分がどういうプレイをするのかがすごく大事です。

2004年10月、「チームが勝っていなくても、ファンの人たちにどういうプレイを見てもらうのかという価値観が大事」と言ったときの言葉です。

「人ができないことをやる」という意味で、天才と呼ばれるなら、 こんなにうれしいことはありません。

2004年5月、日米通算2000本安打を達成したときの言葉です。

僕は、つまらない野球がイヤなので、ファアボールを選ぶことは自分には合わないと思っています。 ゲームに勝つには、そういうことも、必要だと思いますけど。

2004年10月、シーズン終了後の会見の言葉です。

いまは、僕が、首位打者について話しても、誰も笑わなくなりました。たいへん気持ちのいいことです。

2004年10月に「かつては、首位打者をとったら野球をやめてもいいというぐらいに遠いものだと感じていたし、首位打者について話すと人がすごく笑っていましたが……」といったときの言葉。

突出した実力者になるには、 長い間、安定した成績を残さないといけません。

2004年9月、4年間の安打数も記録的なものになったときの言葉。「1年だけの記録なら誰にでも可能性はありますが、今のような状態になることを1年目から目指してやってきたわけです」

自分のベストを更新していくというのは、したいことでもあるし、しなくてはいけないことです。

2004年9月、2001年に記録した242安打を超えて「可能性があるかぎり、自己ベストは超えないといけない。そういう意味では、よかったです」と言ったときの言葉。

結果を出せないと、この世界では生きていけません。プロセスは、野球選手としてではなく、人間をつくるために必要です。

2004年7月、「結果とプロセスは両方とも大事です」といったあとの言葉です。

驚かれているなら、まだまだです。驚かれないようになりたいです。

2004年8月、4年間通算の最多安打記録を塗りかえたときの言葉です。「日本にいたときから僕と記録は切り離せない関係にありました。たいへんけっこうなこととは思いますが、それは見ている人が楽しむものです」

バッティングセンターを作ったとしたら、 僕は必ずそこにいます。人に任せることはしません。

2004年1月、ファンを前に「もし、バッティングセンターを作ったら」と聞かれて「もし作ったら、きっと僕は自分で教えに行きますよ。 人任せにしません」と答えてます。

相手がいろいろ考えてくれるので自分に有利という場合もありますし、その逆もあります。

2004年のシーズン中、相手とのかけひきについての言葉です。知らない選手については「情報がない投手はゲームの中で適応するしかありません。どんな状態でも僕の姿勢は変わりません。たとえチームが20連敗していようとも」とも言っています。

僕にとってのお金は、野球ファンだけではない人たちに影響を与えられているということへの評価だと思っているわけです。

2004年1月、ファンを前に語った宮葉です。

集中力に変わりはありません。少しずつ前に進んでいるという感覚です。

2004年10月、安打記録達成後の、集中力についての言葉。2004年の5月にもほぼ同じ「チームの調子が悪くても自分が崩れることは考えて いません。集中してやっているので、余計なことは考えません」というコメントを残しています。

テレビの向こうで、こういう目で見てくれている人たちがいると思ったら、たかが野球という気持ちには、とてもなれません。 適当にあしらうことなんて、できません。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。

打線が苦しいときには、守備とか走塁で流れをつくるのが野球の基本です。

2004年4月、フェンス際のファインプレイで勝利をつかんだあとの言葉です。「ミスをものにできるかどうかが、いいチームかどうかということです。こういう勝ちは小さくはないですよ」

「絶好調」の定義がわかりません。相手の意図は透けて見えないし、ボールは止まって見えることもなく、常にやたらと動いて見えます。

2004年8月、絶好調ですかと聞かれたときの言葉です。

打席に立つときの気持ちは公式戦と変わりません。オールスターの打席に立って満足するような選手はクビですよ。

2004年7月、球宴で二塁打を打ったときの言葉です。

精神の成長については、証明できないので、はっきりこれだとは言えません。自分で作るものではなく、経験を経て勝手にそういう状態になるものですから。

2004年8月、200本安打を達成したときに「心の成長」を聞かれたときの言葉です。

モチベーションは、野球が好きだということです。

2004年10月、安打記録達成への原動力を聞かれたときの言葉です。

こんな経験をさせてもらって、この町を好きにならないわけがないですよね。

2004年10月、安打記録達成後に「僕がモチベーションを保って野球をできたのは、シアトルの熱い声援があるからです」と、シアトルの人たちに感謝を告げたときの言葉です。

いい記者になるためには、質問は、自分で考えなければいけません。人はみんなそう成長するのですから、いい質問だけにしてください。

2004年9月、ロッカールームでメディアに囲まれて「イチロー選手なら自分にどう質問しますか」と聞かれたときの言葉です。

これまではイメージに結果が伴っていませんでした。それが伴ってきたら、こういうふうになります。

2004年8月に月間56安打を達成し「言うことがなくなってきましたね」と言ったあとの言葉です。

今は6安打をイメージできる自分になりつつあります。いつかやってみたいです。

2004年9月、イバニエス選手が1試合6安打を記録したときの言葉です。

プレイを見るだけで、何を語ろうとしているかわかる選手は、かっこいいと思います。

2004年7月の球宴を前に、クレメンス投手を「しゃべる必要がない」と評しての言葉です。

「打順によって打撃を変える」という意味がよくわかりません。2番打者の役割ならともかく、「3番だからホームランを打とうと思うか」と聞く記者には問題があると思います。

2004年6月、3番打者になったときの言葉です。

最初はマネごとみたいなところからはじまりますよね。いろんな人のフォームをマネたりして、なんとなく今の自分がいるという感じはあります。

2002年のシーズン終了後の言葉です。人の「形」を別のものにするということについて、2004年には「僕はセオリーを壊してなんぼです。ルールブックには内野安打を打ってはいけないと書いてないですし」という言葉も残しています。

1998年までの僕は、自分の「形」を探すのに精一杯だったのです。世の中の人の中には、形が変われば、それを進化と評価する人もいますけど、僕の中では退化だったのですよね。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。

自分が自分でなかったことに、気づけた経験がなくては、今の自分はいないのです。

2004年1月、ファンを前に語った言葉です。「つまり当時は、自分がやっていること自体よりも、世の中の人に評価をされることを望んでいた自分がいたということです」

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