イチロー名言集

日本人初のメジャーリーガー外野手で、MLBシーズン最多安打記録保持者(262安打)のイチロー選手の名言集です。

2005年

弓子と、一弓(愛犬)、三人で乾杯をしたんです。お酒は、気分で味が変わるんだなぁ、と思いました。

2005年の年頭に、世界記録を更新して弓子夫人とふたりで飲んだシャンパンについて聞かれたときのセリフ。

僕は風邪にも弱い、憂鬱にもなる不調のときは、「仕事なんだ」「責任がある」と奮いたたせるんです。

2005年の年頭、体調と精神の管理をたずねられたときのセリフ。「ふだん、野球は趣味に近いですが、体調が悪かったり、球場に行きたくないときには、「仕事なんだ」と職業意識のほうでメンタルをコントロールするようにしています。ひとつのテクニックですね」

生活の手段になってしまうと、モチベーションが生まれにくい。

2005年の年頭、職業意識について話しているときのセリフ。「それでは、野球の動機が明確に変化してしまいますからね」

プロの選手として前に進んでいくために大切なことは、子どものときの、純粋な気持ちが持てるかどうかです。

2005年の年頭、職業意識について話しているときのセリフ。

不安ですけど、「どうしたらいい?」が活力です。自信満々より、不安のほうが、ずっといいんです。

2005年の年頭のセリフ。「オレ、こんなに練習をしていないけど、 大丈夫なんだろうかと不安に思っているぐらいのほうがいいんです」

僕の内面は、ほとんどが、野球のなかでかたちづくられたものです。

2005年のシーズンオフに、過去をたずねられたときのセリフ。

気持ちも、尊敬している人になりきる。いつも、誰かになりきっていました。

2005年の1月のセリフ。少年時代に野球をしていたときの気持ちについて。「小学校のうちは、自分のかたちなんてありませんからねぇ」

他の人から「これがいい」と、どんなに言われても、少年時代に「これがいい」と思ったものにはかなわない。

2005年の1月、「カレーと味噌汁は、少年時代の記憶に沿うものがいちばんおいしく感じるものだ」と話しているときのセリフ。偏食については「高校時代は、寮生活でしたけど、キライな野菜を皿の下に隠していました。アレは先輩にバレちゃってたいへんなことに…

自分が、どう変化したか。それを見るのは楽しい。

2005年のシーズン終了後に、変化についてきかれたときのセリフ。「こんなふうに変わったのか、と思える自分が現れることがおもしろい」

今回、あらためて実感しましたけど……僕は、ほんとにヒットを打ちたい選手なんだと思いました。

2005年の10月、5年連続200本安打を達成して、打率3割のこだわりはあるかときかれたときのセリフ。「3割ですか、そんなことは忘れていました。安打が打てたら、3割なんて、どうでもいいってね」

もしも、プラスの自分が現れてくれるなら、 考え続けて、苦しんできたからだと思います。

2005年のシーズンオフに、野球観についてきかれたときのセリフ。

四球を増やすより、どうやってヒットに結びつけるのかを考えたほうが生産的だし、打者としての能力も上がります。

2005年、チームメイトが「フォアボールを増やせばイチローは4割も夢ではない」と言ったことについて。

正直いって、「わかってないなぁ」と思います。バッターが歩くのを見たくて球場にくるファンはいないでしょう。

2005年、チームメイトが「フォアボールを増やせばイチローは4割も夢ではない」と言ったことについて。「日本でもそういうアドバイスを受けましたが、シーズンを通してそういう考えかたをするのは、どうかと思いますね」

僕は、メチャクチャいろいろなことを考えますよ。どちらかというと、キャッチャーと勝負していますね。

2005年の年頭のセリフ。「だから、『きたタマを打つ』なんていうのは、まずありません」

あれだけ大きなプレッシャーを感じることは、はじめてでした。84年間続いたという記録の歴史が、そうさせたのでしょうけど。

2005年の年頭、262本安打の世界記録の感触を聞かれたときのセリフ。「1920年と現代では野球も確実にちがいますけど、野球は、数字に挑戦するスポーツでもありますから」

いちばん対応がむずかしかったのは、アメリカの球場の天然芝だったんです。地域、天候、球場ごとの整備状況で、守備を変えなければいけなかった。

2005年の年頭、日米の「ボール」のちがいの話題が出たときのセリフ。「ボールより天然芝にアタマを使わされたんです。人工芝ならボールが一定の動きでやってきますけど」

だいたいの人は、実際会って話をするとビックリされますね。 試合のときとふだんでは、僕はずいぶんちがうのでしょう。

2005年の1月に「うれしさか失望かは、わかりませんが、ふだん、いろいろな人に会って、話をするとかなりおどろかれます」と発言。「もっとクールなのかと思っていた、と100%言われます」

はじめは、何かになりきることから。 僕も、いろいろマネしました……。

2005年の1月のセリフ。少年時代にマネした選手を聞いたら、「中日の田尾さん、谷沢さん、ゲーリー、落合さん……ドラゴンズ以外にも、篠塚さん、掛布さん、バースなんかもよくマネしました。いろいろやりましたねえ」とふりかえった。

プロ野球選手になりたかった理由は……かっこよかったから、に決まっています。

2005年の年頭、「夢」について聞かれたときのセリフ。「子どもってそうですよね。ほかに、なりたい理由なんてない。あこがれの選手は、プ ロの「全員」でしたから。中日のユニフォームを着ていた人たちは、僕には、全員が、ヒーローに見えていましたよ」

野球を真剣に続けていけば、もっと先には、ちがう自分が現れるのではないかという期待が、常にあります。

2005年のシーズンが終わったあと、野球についてたずねられたときのセリフ。

プレッシャーにつぶれるようだったら、その選手はそこまでだという言い方もあります。

2002年のシーズン終了後の言葉です。2005年の1月には、プレッシャーをはねのけて「期待してください。好きなように、好きなだけ、期待してください」と言っています。

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